鍼の目的
境界の鍼をする目的
自己認識さえ身につけば、彼らは自力でどんどん学んでいくだろう。そして、そうした自己教育にこそ、永遠の価値がある。
ジョン・テイラー・ガット著 「バカをつくる学校」より
目的
治癒力はすでにあり、常にはたらいています。
疲れからの回復や傷や風邪が治るといった身体のはたらき、そして心の傷の回復なども治癒力と言えます。
そのため周囲の環境や人間関係、休息(睡眠)、食事、医師や治療方法の選択なども結局は治癒と関連してきます。
そういった治癒のはたらきを影で支えるのが自己認識です。
免疫系による自己非自己の識別だけでなく、自分自身(の状態)に気づくこと知ることは治癒や回復に大きく影響します。
しかし自己認識は緊張によって(部分的・一時的に)妨げられます。
緊張自体は自然な反応ですが、緊張状態が慢性的になると偏り(疲れ)を回復する働きが滞り、本来の調子やバランスが崩れていきます。
そしてその人の弱い部分(弱った時)から症状となって表面化してきます。
しかし表面化した症状は認識できても、根本の問題である緊張はそれが根深いほど認識されず残り続けます。
慢性的な緊張はそれ自体が問題を起こすだけでなく、治癒力の軛(くびき)となっています。
その状態で外の何かに対して解決を求めても、穴の開いた袋に水を入れ続けるようなものです。
穴を塞がなければ外から何をどれだけ注いでも無駄になってしまいますし、穴が大きくなってしまいます。
治癒力を高めるにはまずその障害を除いていくことが大切です。
そういった治癒力の障害である緊張を解消する方法の一つが境界である体表を再確認(識別)していくことです。
東洋医学において体表は大切なエネルギーが行き来する所とされており、古くから体表の鍼治療(刺さない鍼治療)が行われていたことが書物に記されています。
そして東洋医学の治療原則で「補寫(ほしゃ)」という言葉がありますが、補は「衣服のほころびを縫う」などが原義のようです。
“腠者是三焦通会元真之処為血気所注” 張仲景「金匱要略」より
“衣を完くするなり。衣に従い甫の声(説文)” 柴崎保三著 「鍼灸医学大系」より
現代では、皮膚は神経(自律神経)・内分泌・免疫、感情などと関連しており、ホメオスタシスの要所と言われています。
“皮膚は恒常性(ホメオスタシス)調節の中心的存在”
「生存する脳Descartes'Error」 アントニオ・R・ダマシオ著
当院の鍼治療は治癒力発揮を目的としています。
そのために慢性的な緊張を解いていきますが、それは自分自身をよりよく知ることにつながります。
緊張を解消することは健康的に生きていくために必要な、自己認識に関する能力です。
その能力は生まれ持ったものを基礎にして乳幼児期の保護者との直接的な接触や、その後の周囲との間接的な接触といった関係性や環境によって養われていきます。
したがって個人差がとても大きいです。
境界である体表(の感覚)を識別していくことは、緊張を解く能力を向上させます。
緊張と同一化していた自己イメージを対象化(客観視)していくことで自己認識が深まっていきます。
進展の度合いは人や問題により様々ですが、焦らず取り組めば着実に進んでいきます。
どれだけ健康に気をつけていても早く死ぬ人はいます。
どれだけ鍼をしても身体は不病不老不死とはなり得ません。
生まれてくる環境や遺伝(素因)、出来事などを含め、突き詰めていくと生病老死は運命と言えます。
しかし識別力を高め緊張を解き、自己認識を深めていくことはできます。
それは治癒や回復を促進するだけでなく、その人らしく伸び伸びと生きる力となります。
そして結局は、そういったプロセスもまた治癒力のおかげと言えます。
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