施術の対象と特徴


当院の鍼施術の対象やポイント

“これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず”

        論語 雍也第六

※当ホームページをご利用していただくにあたり、まずはこちらのページのご利用前にをご確認下さい。

  1. 施術の対象
  2. 施術の特徴
  3. 鍼刺激と習慣




施術の対象

当院の鍼施術は子供からお年寄りまで受けていただけます。
また虚弱な体質の方でもスポーツや演奏などをされる方にも向きます。
緊張や疲れを少しずつ解消して全体の調子を整えていくので、特に以下のような方に向くと考えています。

対象となる問題の例としては、

などがあります。

症状に関して一度も病院受診をしていない場合、まず病院を受診してしっかり検査を受けることをお勧めしています。
もし病院でよくなるのであれば、それに越したことはないと考えています。
(当院の施術に向かない場合や対象でない場合などはこちらのページ下部の「治療の枠組」みをご確認下さい)



  

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施術の特徴

当院では体表の鍼を専門に行っています。
他の手法(刺す鍼、置鍼、お灸、マッサージ、指圧)や機械・電気治療などを併用することはありません。
そして全ての方の施術を最初から最後まで自分が担当しています。


体表の鍼施術に関する5つのポイント

①安全性

当院では直径0.12mmのごく細い使い捨て鍼(ディスポ鍼)を使って、体表のツボに鍼をしています。
刺さない鍼であり、明確に意識できない微細な刺激です。
また「提鍼(ていしん)」と呼ばれる金属製の棒(下の写真)を補助的に使うこともあります。
こちらは接触を感じます。
出血、内出血することもなく、気胸、折鍼などの心配も不要な安全な施術です。



②双方向性

当院では患部やコリ(硬結)や圧痛点に鍼をしていません。
この病気(病名)にはこのツボ、といったやり方もしていません。
訓練された手の感覚を基に、体表のツボに鍼をしています。
ツボの位置は教科書通りのこともあれば、異なる場合もあります。
同じ病名でも体表へのツボの現れ方は人によって異なりますし、同じ方でも様々な要素でツボの位置や状態が変化していきます。
そのため、毎回最適なツボを探し、その状態に応じて鍼をしています。
そして反応(変化)を脈など様々な要素で確かめながら進んでいきます。
その時その場その方の個性に応じた双方向性の施術です。


③自立性

心身の習慣的な問題(緊張)を根本的に改善していくのは、絡まった糸を解いていくのに似ています。
強い刺激で一時的に麻痺させたり、注意の焦点を強制的に変えるといったショック療法的なやり方ではなく、少しずつ効果を積み重ねていくことが重要です。
そしてそういったプロセスを自分でできるようになっていくことが大切です。
体表への鍼施術は刺激-効果を学習し、次第に自分で再現できるようになっていきます。
依存性が生じず、自立性のある施術です。


④全体性

体表へのシンプルな鍼施術です。
シンプルですが皮膚の統合的な役割によって幅広く対応できます。
そして東洋医学的な考え方で行っています。
たとえば、「目の奥が痛くて、頭痛がして、便秘で、腰が痛くて、イライラ感がある」場合に、それぞれの問題に対して病院(科)を回ったら、それぞれ薬が出てきます。
(もし生真面目に全部の薬を飲んでいけば問題は更に拗れていくことでしょう)
東洋医学では、それらの問題を一つの全体的な傾向(習慣、癖、偏り、証)と捉えます。
目立つ問題(主訴)が解決していくと、それに連なって他の問題も少しずつ変化していくことは多いです。
個々の部分だけの最高を目指すのではなく、全体の最適を目指す施術です。


⑤主体性

病院での検査は客観的な指標として分かりやすく重要です。
しかし調子が悪くて検査を受けても、明確な異常がないことは多いです。
検査数値に出るような「病気」になる前にバランスを調えていくことは、慢性症状を少しずつ改善していくことと並んで東洋医学が大切にしている分野です。
施術を続けていくことで偏りや疲れに気づきやすくなり、大きく溜め込む前に解消するようになっていきます。
身体感覚(調子)に対してより主体的になる施術です。
もちろん鍼施術と病院治療との併用も可能です。
現代医学と東洋医学の特徴などをご自分で調べていく程、目的によって上手に使い分けしていくことになるでしょう。



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鍼刺激と習慣

刺激治療は問題や目的によって手法や考え方が異なります。
「手っ取り早くスッキリすればそれでいい」「とにかく大きな変化が欲しい」
などと考えていると、即効性を謳う宣伝や大盛り刺激(強さと量)などに流されていきます。

治療を受ける前に、
「自分はその治療に何を求めているのか」
「治るとはどういうことか?」
などをしっかり考えて、それに合ったアプローチを選択する必要があります。
自分で調べ、考えなければ、いつまで経っても流されて穴に嵌っていきます。
まず、『身体は何か強い刺激をしなければ変わらない』という考えは現実的ではありません。
特に記憶と習慣から生じる慢性的な緊張(とそれに関連した症状)に対しては、「強い刺激≠大きな効果」です。


鍼灸師やあんまマッサージ指圧師と混同されることが多いですが、接骨院(整骨院)を営むのは柔道整復師です。
接骨院の施術対象は脱臼や捻挫など急性・亜急性の怪我であり、電気治療を用いることが多いです。
急性の怪我に対して電気刺激などで感覚を一時的に麻痺させる(痛みを飛ばす)ことで、整復などの処置がやりやすくなります。
そして、時間の経過に伴なってそういった怪我は自然に治っていきます。
(当院では行っていませんが、鍼でも「鍼麻酔」という手法があります)

また、風邪による発熱に対して背中などにブスっと鍼を刺して置いておく(置鍼)と、熱が急速に下がることがあります。
自律神経やセットポイントが強制的に切り替えられて熱が下がるのでしょうが、ウイルスや細菌が急速に減るわけではありません。
身体は発熱することで免疫を高めてウイルス等と闘っていますから、それに水を差すことになり、ウイルスを減らすための身体反応は長引くことでしょう。
しかし解熱剤などのように、そういったことが必要な場合もありますし、後で休息すれば風邪は治っていきます。
そして緊急の処置や検査が必要な場合、現代の日本社会では病院の役割であり、当然保険も使えます。

それまで血流が滞っていた場所(血管が収縮していた場所)に血流が回復する際に、血管を拡張させる物質によって痛みを感じることもあります。
そういった痛みを消炎鎮痛薬や強い刺激で抑える(感じなくさせる)と、血流の回復を妨げてしまったり、どこが滞っていたのか分からなくなったりします。
しかし痛みで眠れない時などはそういったことが必要な場合もあるでしょうし、問題が一時的な血行(血流)障害であれば後で時間とともにおさまっていきます。
そして観血的な処置(膿の切開やある種の外科手術など)が鍼治療の範囲だった時代もあったかと思いますが、現代の日本では病院の役割です。

基本的に、金属(鍼)という異物が皮膚を突き破って入ってくること、皮膚を焼くこと(直接灸)、電気が流れることなどは身体にとって緊急事態であり大きなストレスです。
そのため心身はそちらへの対応を優先します。
心身の状態が強制的に切り替えられ、それに伴なって症状も変化することは多いです。
ポイント(ツボ)を選ぶことによってより大きな変化が起きることでしょう。
(東洋でも西洋でも瀉血が治療の中心だった時代がありましたが、症状が劇的に変化することも多かったと思われます)

しかし、記憶から生じる習慣的な緊張(とそれに関連した症状)に対して急性の怪我などと同じようなことをしても、根本は変わらずこじれていきます。
一時的によくなったように感じても水面下で問題は大きくなり、やがて酷くなって戻ってくるか他の問題となってあわられてきます。
セリエのストレス学説が「警告期→抵抗期→疲憊期」といったプロセスを辿るように、体力に余力がある間は何とかやっていけますが心身が弱った時や高齢になってから問題がまとまって噴出してくることもあります。

習慣的な緊張が症状と関連していることはなかなか認識されません。
そして手法の意図や目的をよく検討しないまま、
「効果を得るには痛い刺激に耐えなければならない」、「刺激は強ければ強い方が効く」、
「症状は身体の間違い(歪み)だから正すべき」、「○○の矯正が必要」
などと考えて、流されていくことになります。

しかしそれは緊張している人に「緊張するな」と命令・強要するのと同じです。
記憶から生じる習慣的な緊張は、「気になっていること=注意」が固定化している状態です。
身体感覚や精神的な自他境界、感情等への注意がアンバランスになっていたり、部分的に曖昧になっていたりします。
それに対して何か強い刺激で感覚を麻痺させたり注意の焦点を強制的に変えても、緊張(問題)を一時的に感じなくなる(抑え込む)だけです。
続けていくと緊張を更に強めたり全体のバランスをより偏らせることになり、治癒のはたらきを妨げて長期的には心身を弱らせます。
結局、新たな緊張の因となったり、元の緊張を結果的に強めてしまう刺激が強い刺激(強すぎる刺激)と言えます。

そのように強い刺激で(力づくで)習慣的緊張を抑え込もう(変化を起こそう)とする考え方・やり方は体罰(暴力)や虐待、中毒などと構図が似ています。
心身の状態を感じ取る能力が低下していき、異常を異常と感じなくなり、悪循環から抜け出すことが難しくなります。
緊張していること(自分が力を入れ続けていること)の認識が解消の第一歩であり、強過ぎる刺激は気づくことを妨げます。
もし背後に自分自身(の問題)と向き合うことへの強い拒否感や罪悪感、そして自罰的(自傷)もしくは他罰的な傾向が強ければ尚更です。
そこから抜け出すためにはショック療法や根性論ではなく、肩書きや権威への盲信でもなく、適切な学習(脱学習)とトレーニングが必要です。

ここで行っている体表の鍼治療はそのための方法です。
体表という現場だからこそできることがあり、東洋医学で古くから実践されている手法です。
その時その場でひとりずつ個性に応じた施術が必要になります。
そしてコンピュータトラブルを強制リセットで解消するような即効性を求めるのでなく、あせらず時間をかけて進めていくことが大切になります。
緊張を少しずつ解き、そういった鍼の効果を自分で学習して身につけていくことに価値があると考えています。


※体表のはたらき等については「皮膚と鍼について『皮膚』」をご参照下さい。



宿題

習慣的な緊張の中で、わかりやすいのが筋緊張です。
慢性的な筋緊張は力を入れる必要がない筋肉に力を入れ続けている状態です。
肩こりだけでなく頭痛・腰痛・膝痛・顎関節症などの痛み、そして姿勢にも関連します。

筋肉が緊張する際、皮膚と筋肉は連携して動いています。
しかし慢性的に筋肉が緊張している場合、筋肉と皮膚の間の連携(緊張・弛緩)が合っていません。
そして筋緊張を意識できなくなっています。
そのため不要な筋緊張を緩めることができず、筋肉を動かそうとすると動作制限や引っかかり、痛みなどを感じます。
ひどい場合は動かさなくても(姿勢を維持するだけで)痛みが出ますし、その部分の血流が妨げられて冷えたりもします。

慢性的に緊張している筋肉を無視したまま他の筋肉に力を入れることでバランスを取っても解決にはなりません。
たとえば足首に常に力が入っている(無意識に力を入れ続けている)と、やがて膝や股関節などに痛みが生じます。
その膝や股関節に何か治療をしても、足首の慢性的な緊張が解消されなければ問題は戻ってきます。
特に手首や手指に力が入り続けて肩や首、頭(頭痛)に影響が出ているケースは多いですが、多くの場合、肩や首に刺激をしたり薬を飲んだりします。
それらに対して鍼灸(東洋医学)では、手足の末端に主要なツボが多く設定されています。

電気などで麻痺させても、筋弛緩薬を用いても、マウスピースやサポーターをして歯や関節などの保護をしても、緊張自体は変わりません。
筋肉のコリをとって(ほぐして)もらったり、背骨を矯正してもらったりしても、“自分で筋緊張を解消する能力の問題”は解決しません。
固い牛肉や豚肉を針を刺したり叩いたりして柔らかくするかのように、「外から何かしてもらわないと筋緊張は解消されない」といった思い込みが強まります。
また、自然に血流が回復する際の痛みを嫌がって、鎮痛剤(シップ)などを常用すると解決は更に遠のいていきます。

問題は筋肉にあるのではなく、筋肉を緊張させている指示(記憶から生じている習慣)が現状や現実と合っていないことが問題です。
そして、そういったアンマッチを認識できていないことが問題です。
生きている身体(筋肉)は死んだ肉とは異なります。
その場凌ぎの対応を続けるのは、出された宿題を他者にやってもらうのと似ていると思います。
緊張に対する認識は深まらず、いつまで経っても宿題を自分で解けるようにはなりません。
自分でできるようになるまで、同じ問題が名前や場所を変えて繰り返し出されますし、問題はこじれてだんだん酷くなっていきます。

慢性的な筋緊張を変化させるには、まず自分で緊張に気づくことが必要です。
体表への鍼治療は筋緊張を意識する能力(識別力)を高めていくサポートとなります。
それは「本によると○○筋が緊張しているはず」「ここにコリがある」などといった知識とは異なります。
結果の知識は目安としては役に立っても、実際に自身の習慣的な緊張を解く際には殆ど役に立ちません。

識別力が高まり、「もはやそこを緊張させている必要性がない」と理解することで習慣的な筋緊張は解消していきます。
何かのきっかけで習慣的な筋緊張が戻ったり、新たに不要な筋緊張が生じても、自分で解消していけるようになっていきます。
たとえ時間がかかっても、元々備わっている身体を調整する能力(治癒力)を理解して、自身で問題を解いていく方が結局役に立ちます。


※筋緊張については「代表的な効果-2慢性的な筋緊張への効果」にも書いています。



学び方

体表の鍼治療の効果は自分で再現できるようになります。
続けていくことで、はじめは意識的にイメージで鍼の効果を再現しようとします。
それが次第にスムーズにできるようになると、意識しなくても自然と再現されるようになっていきます。
そして習慣的な問題(緊張)が起こった時や起こりそうな時に気づきが生じて再現され、以前より落ち込みが少なくなったり抜け出すのが早くなります。

また識別力が高まり、身体や感情・思考を意識できる範囲が広く深くなっていきます。
境界を侵害される恐れ(不安)のない安心した状態でこそ、落ち着いて自分自身と向き合い、学習(習慣の変革)が可能となります。
それは身体との信頼関係の再構築となり、鍼治療を受けなくても自分で進んで(学んで)いくことができるようになります。

麻痺させるような刺激や強過ぎる刺激(と効果)は自分で再現できませんし、長く続けていくと耐性(慣れ)が生じます。
「最初の頃より効いている時間(日数)がだんだん短くなっていく」という場合、そういったケースが多いと思われます。
感覚が鈍く粗雑になり(閾値の上昇)、識別力が低下して、身体を意識できる範囲は狭く浅くなっていきます。
その結果、疲れやストレスへの気づきと対応が遅れ、回復力や防御力は更に下がります。
スポーツや演奏をする方が怪我等をきっかけにそういった刺激治療を繰り返していくと、パフォーマンスが低下していきます。
また、もしそういった強い刺激が一時的な快報酬(脳内麻薬)と結びつけば、次第により強い刺激や頻度を欲するようになります。
特に緊張を生じさせている記憶や習慣(自分自身)と向き合いたくない(逃避したい)場合、中毒や依存症と同じくエスカレートしていきます。

刺激量の過多(やり過ぎ)が強く戒められる理由もこういった所にあります。
”いろいろな方法で沢山やってもらった方が早く治る”と考えている人は多いです。
特に慢性的に緊張している場合は、「自分自身が本当に必要としていること」が分からなくなっています。
解決するべき問題や課題、そのための方向性も曖昧だったり、見えなくなったりしています。
そのため治療を受ける側は「やってもらった感」を求めてより多い治療を求めがちであり、そういった患者からの要求に対して応えてくれるのがよい先生と思われたりします。
それは「薬を沢山出す医者がよい医者」と思われるのと似ています。
施術者側も早急な結果を求めて焦ったり、患者に見限られるのを過度に恐れたりすると、刺激量が多くなっていく(やり過ぎていく)傾向があります。
(技術や経験、誠実さが乏しければ尚更加速します)
そのようにして施術者と患者が共依存的な関係となっていきます。

しかし刺激過多は、身体にとって勉強を強制されるようなものです。
何かを学ぶ際に、消化できるペース以上の課題を与えられたら、頑張り過ぎて混乱したり放棄することになります。
やり過ぎは教え過ぎと同じで、学びを遅らせます。
適切な刺激+学習=確かな効果
であり、よりよく学ぶためには消化可能なペースを見極めて守ることが大切です。
何かの検査数値の改善といった目標に向かうのも一つの方法ですが、それよりも学ぶことそのものを楽しむ方がより効果的です。
こういったことはどのようなことを学ぶ際にも同じです。

学ぶ際は新たな物事を取り込み、不要な物事を排出します。
それは境界の機能です。
いくつになっても学ぶのに遅いということはありません。
体表の鍼治療は境界のトレーニングであり、 学び方を学ぶことをサポートします。




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